ラッカは静かに虐殺されている感想(ネタバレ)
ドキュメンタリー映画は割りと好きです。ほのぼのだったり社会派だったり、色んな作品がありますが、撮影対象にどれだけ寄り添うことが出来るかというのが、作品の出来を左右するポイントだと思います。
そして今回のマシューハイネマン監督のドキュメントは、僕の想像を絶する世界で生きてきた人々に寄り添って撮られています。以下、イントロダクション。
メキシコ麻薬戦争を追った「カルテル・ランド」のマシュー・ハイネマン監督が、5年間での死亡者が43万人にものぼる戦後史上最悪の人道危機と言われるシリア内戦に肉薄したドキュメンタリー。シリア北部の街ラッカを過激思想と武力で勢力を拡大するイスラム国(IS)が制圧し、ラッカの街はISの首都とされた。かつては天国と呼ばれ、穏やかだった街は爆撃により廃墟と化し、残忍な公開処刑が日夜繰り返されていく。匿名の市民によって結成されたジャーナリスト集団「RBSS」(Raqqa is Being Slaughtered Silently=ラッカは静かに虐殺されている)は、海外メディアも報じることができないこの惨状を国際社会に伝えるべく、スマホを武器に街が直面している現実を次々とSNSに投稿。そのショッキングな映像に世界が騒然となったが、RBSSの発信力に脅威を感じたISはRBSSメンバーの暗殺計画に乗り出す。
(映画.comより)
予告編
感想
凄まじい。拷問も虐殺も現実に行われているものなので、目を背けたくなる様な映像が大量に流れます。記者達の家族が次々に処刑されて、その様子をネットで晒されるとか、僕なら生きる気力を削がれる様な仕打ちを受けながらも記者達のISと闘い続ける姿はもはや尊敬する他ありません。あまりに想像を絶するので、リアリティを感じることさえ難しかったです。僕はアマゾンプライムで観賞しましたが、UPLINKではまだ上映されているみたいです(2018年7月現在)
概要
ここ数年ナチスやヒトラーをモチーフにした映画が世界中で作られています。
ひとえにアラブの春によって起きた内戦で発生した難民をめぐって世界で民族主義、右傾化が表面化してきて、それに対してナチスをモチーフにして間接的に警鐘を鳴らして来ていたのだと思います。アクト・オブ・キリングは過去におきた虐殺を加害者の手によって映画という形式で再現させた映画ですが、これは不安定化していく世界で現在進行形で起きている事態を追っていきます。
現実でできることをゲームでやるか?
RBSSとIS、互いの報道とプロパガンダを挟み込みメディア戦争を描写したのは上手いなと思いました。
ISのメディア戦術は巧みで、ネットを駆使したプロパガンダ 映像はプロの映像作家の手によるもの。兵士が覗いたスコープの先に敵が映りヘッドショットを決めるというFPSを現実にトレースした映像は、若者をターゲットにしてスカウトしていることが伺えます。まさにリアルGTOでCODの世界。宗教的共感ではなく現実へのルサンチマンにつけいるメッセージは宗教団体ではないことを自ら露呈しています。一方、RBSSは実際はラッカでは日常的に逮捕、拷問処刑が行われていてISが暴力と恐怖で街を支配していることをネットを駆使して告発します。
こうしたネットを使ったプロパガンダと記者による報道の応酬は新しい戦争の姿なのかもしれません。
ドイツを愛せないなら去れ
友人家族が次々にISに殺害されていき、身の危険を感じた一部のメンバーは国外へ逃れていきます。しかしトルコに滞在していた精神的支柱のメンバーを暗殺され、国外であっても安全ではない事を思い知らされます。難民に寛容なドイツでさえも、ネオナチや排外主義者の過激なデモと衝突するわで、記者達は落胆を隠せません。いつの時代のどこの国でも、政情が不安定になるとまずやり玉に挙げられるのが在留外国人、移民達です。これが故郷を暴力で蹂躙されて、命からがら逃げてきた人に対する仕打ちなのかと。その結果どんな悲劇が起きてきたかなんて、つい最近の歴史を紐解けば判ることなのに。
強制送還だとか、国を去れとか平然と叫ぶ人たちは、歴史を繰り返している事に無自覚なのだと思います。それは日本だって例外ではありません。
ただでさえ外国人が暮らすにはシビアな国である日本で、難民に対する姿勢なんて察するに余りあります。
ISは思想だ
「空爆でISはなくならい。ISは思想だ」 RBSSの記者が語った言葉は国外の活動も安全ではない事を物語っています。
あのプロパガンダ映像がある限り、世界中の誰もが思想に感化されてしまってもおかしくないのです。実際、ユーロではテロが多発しました。そして世界が分断され、排斥運動が巻き起こりました。
この展開はISの思惑通りかもしれません。しかしRBSSはそれでも闘うことをやめません。
「我々が勝つか、皆殺しされるかだ」
そしてこの映画が上映できたことで、RBSSはひとつの勝利を得た気がします。
たとえ、その気持ちが何百回裏切られようと
映画とは直接関係が無い話をします。
2014年、世界が分断される中で日本人ジャーナリストの後藤健二さんが、シリア取材中にISの手によって命を落としました。後藤さんは生前に残したツイート
”目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。それは祈りに近い。憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。-そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった”
これは日本人の僕も想像を絶する世界の中にいる事を強く意識させられました。
後藤さんの死を受けて、柳澤さんが自身が出演するあさイチの冒頭で発したコメントものっけておきます。
”冒頭なんですけど、すみません。昨日から今日にかけて大きいニュースになってきた後藤健二さんなんですけど、ちょっと、あえて、冒頭で、一言だけ……。
僕も後藤さんとはおつきあいがあったものですから、一番、いま、強く思っていることは、ニュースではテロ対策とか過激派対策とか、あるいは日本人をどうやって守ればいいか、が声高に議論され始めているんだけど、ここで一番、僕らが考えなきゃいけないことというのは、後藤健二さんが一体、何を伝えようとしていたのか、ということ。
戦争になったり、紛争が起きると弱い立場の人がそれに巻き込まれて、つらい思いをするということを、彼は一生懸命に伝えようとしていたんじゃないか。それを考えることが、ある意味で言うと、こういった事件を今後、繰り返さないための糸口が見えるかもしれない……。
われわれ一人ひとりにできることというのはものすごい限界があるんですけど、この機会にそういうことを真剣に考えてみてもいいのでは……。
それが後藤さんが一番、望んでいることじゃないか。そう思ったものですから、冒頭なんですけど、ちょっとお話をさせてもらいました。”
自分ひとりが出来ることなんて些細なものです。
しかし微力であっても無力ではないです。行動でなくても、考え方を持つだけでも力になるのではと思います。
最後にウルトラマンエース最終回「明日のエースは君だ!」で、エースが子供たちに語りかけた最後の台詞でお別れです。
「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友だちになろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえ、その気持ちが何百回裏切られようと。それがわたしの最後の願いだ」